連島村(読み)つらじまむら

日本歴史地名大系 「連島村」の解説

連島村
つらじまむら

[現在地名]倉敷市連島町連島・連島一―五丁目

東・西両高梁(たかはし)川に囲まれた河内の東南部に位置する。「和名抄」児島(こじま)郡都羅(つら)郷の一部の島嶼であったと推定される。近世初頭に玉島(たましま)湊が開発されるまでは有数の湊であった。天保郷帳によると古くは連島藻浦(もうら)村と称した。応永二五年(一四一八)八月日の備前国棟別銭注文案(東寺百合文書)に細川殿御領として児島郡の「都羅嶋庄」がみえる。文安二年(一四四五)の「兵庫北関入船納帳」によれば、塩飽・大豆・米・大麦・莚・材木・胡麻・皮クツ・カニ・海老などを積んだ当地からの船が兵庫北関へ入津しており、延べ四六回は備前・備中では牛窓(うしまど)(現邑久郡牛窓町)に次ぐ。

永正一三年(一五一六)三月、連島の三宅国秀は一二艘の兵船で琉球を攻めようとして、薩摩国坊津(ぼうのつ)(現鹿児島県川辺郡坊津町)で誅殺された(薩藩旧記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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