道形村(読み)どうがたむら

日本歴史地名大系 「道形村」の解説

道形村
どうがたむら

[現在地名]鶴岡市道形・道形町・末広町すえひろまち宝田たからだ一―三丁目・大宝寺町だいほうじまち

下大宝寺村の北、あか川の西岸にある。南東端で内川赤川に合流する。酒田街道が南北に通る。寛文年間(一六六一―七三)に開拓された新田村で、羽州庄内故事録(鶴岡市郷土資料館蔵)によれば寛文元年の高二一五石余、同一〇年の高七一四石余。弍郡詳記では高七二〇石余、免五ツ二分、家数五七。赤川を運航する酒田船の引船手伝いや鮭筒などで川漁を行った。宝永元年(一七〇四)鶴ヶ岡城下百間堀土手ひやつけんぼりどてにあった煙(塩)硝蔵が当村に移された(「編年私記」鶴岡市郷土資料館蔵)。翌二年の永引之覚(道形地区文書)では煙硝蔵下畑分合七反六畝余が永引となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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