…《高取歴代記録》は黒田長政を通じて高取焼の陶工と茶人小堀遠州との交渉を記しているが,そうした史料を裏づける陶片であった。初期に次ぐ高取焼の窯は飯塚市幸袋にある白旗山窯で,1630年(寛永7)から65年(寛文5)まで活動したと伝え,遠州好みの洗練された茶陶(遠州高取)はこの時期に焼造された。1665年に窯は朝倉郡小石原に移り,小石原鼓窯,中野窯が高取焼の系譜をまもった。…
※「遠州高取」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...