遥拝堰(読み)ようはいぜき

日本歴史地名大系 「遥拝堰」の解説

遥拝堰
ようはいぜき

球磨川が八代平野にさしかかるところに構築された中世以来の用水堰。中世には杭瀬くいぜと称され、村名にもなっていた。室町―戦国期名和・相良両氏ともこの杭瀬を利用して八代平野の治水灌漑を行ったといわれる。加藤清正の治世、それまでの木製の杭と柵による堰から大型の自然石や割石による大石堰に改造されたという。名称は用水取水口近くの中腹に南北朝期征西将軍懐良親王が奈良木の高田ならぎのこうだ御所在所のとき、父後醍醐天皇の吉野に向かって遥拝したという遥拝神社が鎮座していることに由来すると伝わる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む