那具(読み)なぐ

日本歴史地名大系 「那具」の解説

那具
なぐ

那久なぐ川流域にあった国衙領。寛元四年(一二四六)九月一日の都万院四至境注記写(天健金草神社文書)に那具とみえ、前地頭の刑部尉重基のとき都万院と境相論があり、貞永元年(一二三二)八月那具の地頭代・公文・百姓らも加わって四至を定めたので、仁治二年(一二四一)まで平穏であったが、今の地頭代沙弥本願が道理のないことをいうとしており、当時の地頭は不明であるものの(「都万村誌」は斎藤氏とする)、地頭は地頭代を派遣し、現地の公文を指揮しながら支配を行っていた様子がうかがえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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