郡下城跡(読み)ぐんげじようあと

日本歴史地名大系 「郡下城跡」の解説

郡下城跡
ぐんげじようあと

[現在地名]一宮町中村 土井城山

郡家ぐんげ川を南西へ約二キロさかのぼった中村なかむらにある中世城郭跡。田村たむら館ともよばれる。詰城と居館から構成され、郡家川南岸の川岸段丘上に居館、北岸丘陵上に詰城がある。居館周囲は段丘地形が発達し、比較的平地が開ける。西方約五〇〇メートルには淡路一宮である伊弉諾いざなぎ神宮がある。同社の祭主として淡路に来た田村氏が土着して築いたと伝えられ、同社と当城の密接な関係が指摘されている(味地草)。天文七年(一五三八)七月播磨守護赤松義村は浦上氏に追われて淡路に退き、「郡家と申所」にある「田村能登守と申人の舘」へ身を寄せており(赤松記)、天文期に田村氏は淡路北部の有力な国人であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む