郷原遺跡(読み)ごうばらいせき

日本歴史地名大系 「郷原遺跡」の解説

郷原遺跡
ごうばらいせき

[現在地名]吾妻町郷原 橋場

岩櫃いわびつ山の形成する丘陵裾部の舌状台地上標高四一〇メートルの吾妻川左岸にある。昭和一六年(一九四一)土偶の発見があり、調査が実施され四組の配石遺構を検出した。土偶は一号石囲いと命名した遺構より出土したもので、完全な形での出土ではないものの発見者の談により出土状態が復原できた。長辺一・五メートル、短辺は北面〇・六メートル、南辺〇・四メートルの台形で、二段積みの石の上に安山岩の板石で蓋をしている。底面は石を敷いていない。土偶は腰部で三つに割れて仰臥の状態で出土し、付近より土器の出土があったというが、調査時は縄文中期加曾利E式の土器と打製石斧が発見されたのみであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む