郷本村(読み)ごうもとむら

日本歴史地名大系 「郷本村」の解説

郷本村
ごうもとむら

[現在地名]寺泊町郷本

北国街道沿いの海岸に成立した集落。北は大和田おおわだ村、南は志戸橋しとばし村。正保国絵図には「江本村」高四七石余で幕府領。支配の変遷は大和田村と同じ。貞享元年(一六八四)の郷村高辻帳では高三六石七斗余で、天保郷帳で一三七石余となるのは、後背丘陵部とその谷の新田開発によるものであろう。「白川風土記」では戸数一五、本村北方の端村七ッ石ななついしには一一軒。天保四年(一八三三)以降は煎海鼠・干鮑・鱶鰭などを出荷し、これらの問屋は出雲崎いずもざき(現出雲崎町)の和泉屋弥兵衛家であった。安政五年(一八五八)の御案内帳(山田謙治氏蔵)によると、製塩は女の仕事とあり、かつ冬には寺泊町に薪を売出したり布・木綿を織る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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