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酒井忠当 さかい ただまさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

酒井忠当 さかい-ただまさ

1617-1660 江戸時代前期の大名。
元和(げんな)3年8月5日生まれ。酒井忠勝(ただかつ)の子。正保(しょうほ)4年出羽(でわ)鶴岡藩(山形県)藩主酒井家2代となる。父の遺志により,弟忠恒(ただつね)に新田2万石(出羽松山藩),忠解(ただとき)に新田1万石(出羽大山藩)を分与。岳父松平信綱の指導で法令を発令し,藩体制を整備した。万治(まんじ)3年2月9日死去。44歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の酒井忠当の言及

【庄内藩】より

…出羽国櫛引郡(1664年以後は田川郡)鶴岡(山形県)に藩庁を置く譜代藩。1622年(元和8)最上氏の改易後,信州松代藩主酒井忠勝が13万8000石で入部して成立。鶴岡,亀崎の2城のうち鶴岡城を居城として拡張,城下町の町割りを実施した。23年の総検地で5万3000石の出目を出し,これに対し遊佐(ゆさ)郡の農民は逃散して抵抗,34年(寛永11)遊佐郷大肝煎高橋太郎左衛門の上訴一件に発展した。46年(正保3)忠勝の弟忠重が兄の世子忠当(ただまさ)を廃して自子を立てようと陰謀し,忠当擁護派との間に御家騒動が起きた(長門守一件)。…

※「酒井忠当」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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