酒井忠良(読み)さかい ただよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「酒井忠良」の解説

酒井忠良 さかい-ただよし

1831-1884 江戸時代後期の大名
天保(てんぽう)2年5月24日生まれ。酒井忠方(ただみち)の子。弘化(こうか)2年出羽(でわ)松山藩(山形県)藩主酒井家7代となる。戊辰(ぼしん)戦争では,宗家鶴岡藩(山形県)とともに新政府軍に抵抗したが敗れ,明治元年隠居を命じられた。明治17年10月1日死去。54歳。

酒井忠良 さかい-ただかた

1808-1834 江戸時代後期の大名。
文化5年9月3日生まれ。酒井忠寧(ただよし)の長男。文化14年上野(こうずけ)(群馬県)伊勢崎藩主酒井家6代となる。文政4年伊勢崎領版「小学」を刊行した。天保(てんぽう)5年10月21日死去。27歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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