改訂新版 世界大百科事典 「酢酸鉄」の意味・わかりやすい解説
酢酸鉄 (さくさんてつ)
iron acetate
酸化数Ⅱの鉄の酢酸塩と酸化数Ⅲの鉄に酢酸イオンが配位した錯体が知られている。(1)酢酸鉄(Ⅱ) 化学式Fe(CH3COO)2。鉄片を酢酸中に長時間放置すると4水和物が析出する。これは淡緑色針状晶で単斜晶系に属し,水によく溶ける。空気中に放置すると分解する。(2)酢酸鉄(Ⅲ) 組成は正塩Fe(CH3COO)3に相当するが,構造は[Fe3(CH3COO)6](CH3COO)3のような三核錯塩であると考えられている。鉄20%を含む新しく沈殿させた水酸化鉄(Ⅲ)を大過剰の酢酸に溶かし,室温で濃縮すると得られる。赤色小板状晶,水によく溶ける。水溶液は加水分解して塩基性塩になりやすい。(3)塩基性酢酸鉄(Ⅲ) ふつう酢酸鉄(Ⅲ)と称しているものはこれである。水酸化鉄(Ⅲ)を酢酸に溶かして蒸発させると,条件によりFe:CH3COOの比の異なる数種の塩基性塩が得られる。その一つにFe3(OH)2(CH3COO)7・H2Oの組成の塩があるが,構造は3個の鉄原子の中心に酸素原子が入り,鉄原子間に2個ずつの橋架けの酢酸イオンをもつ[Fe3O(CH3COO)6]⁺のような三核錯イオンを含む多核錯塩である。赤褐色葉状晶で,水に溶ける。市販されている塩基性酢酸鉄(Ⅲ)は酢酸鉄(Ⅲ)溶液を加熱蒸発させてつくったもので,ほとんど水に溶けず,アルコールおよび酸に溶ける。光で分解する。染色の媒染剤,絹やフェルトの増量剤,皮の染色,医薬などに用いられる。
執筆者:近藤 幸夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報