精選版 日本国語大辞典 「染色」の意味・読み・例文・類語
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染料を用いて物に色素を浸透、定着させることで、これは顔料を媒剤(ミディアム)によって物の表面に付着させることといちおう区別して考えられる。しかし、染色といわれているもののなかにも顔料やまたは染料を顔料のように扱って塗ったり摺(す)ったりプリントしたものは多く、染め・塗りといっても、その境界点の近くでは両者の区別は判然としないところもある。
[山辺知行]
人類が非常に古い時代から色に関して強い関心をもっていたことは、今日、未開民族の間における色彩への強い嗜好(しこう)性をみれば明らかなことであろう。これは、彼らの環境における外界の刺激または彼らの内にあるものを外へ表そうという無意識的な強い創造への衝動と、また一方では可視的あるいは不可視的な敵に対して自己を守ろうという目的をもっている。このためには彼らは、各自の部族の色、家族の色、さらに信仰的ないし呪(のろ)い的な意味をもつ色を決め、色彩それ自身はもちろんのこと、その材料にまで厳しい使用上の制約を設ける。
色を求めて最初に扱われるのは、自然の産物をなんらの加工も加えずに用いることであろう。木の葉、花、羽毛、獣毛皮、貝、石など、なんでも色のあるものを身につける。
次に用いられるのが顔料(ピグメント)で、これは多く鉱物、石灰、泥(黄土(おうど)・丹土(につち))が粉末にして用いられた。まず肉体を直接それらで彩ることが行われ、やがて、これで衣料に色をつけたりすることが始まると、光線には強いが、着用するうえには水や湿気などに弱いこれらの顔料に対して、接着用の媒剤が考えられ、やがて染料の使用が始まり、まず水に溶解する染料を直接的に染め付ける直接染料substantive dyesから発酵染料(建染め染料)vat dyes、そして媒染染料mordant dyesにまで進展していく。
染料の使用に関しては、前に述べた美的な創造性、信仰的ないし呪術(じゅじゅつ)的な色のもつ象徴性のほかに、直接薬物的な効果ということも考えられる。また、こういう染め色に関する考え方は、非常に古い未開の時代から今日までなんらかの形でわれわれのなかに生きている。今日、われわれが美しい色や模様を好むことはいうまでもないが、黒を喪の色とし、赤い色を若さの象徴と考え、紺染めの手甲(てっこう)や脚絆(きゃはん)がマムシよけになるとか、幼児の産着をノミのつかないためにと欝金(うこん)染めにするとかいう習慣もあった。大別して無地染めと模様染めとする。
[山辺知行]
無地染めは布または糸を一色に染めることで、これは染色の技術としてはむらなく染めるというだけのことで、それよりも、まず、いかに色を出すかということが問題である。とくに化学染料のように染料をあらかじめ調合して所望の色を出すことのできない天然染料では、たとえば藍(あい)と黄という二つ以上の色をあわせて緑をつくる場合には、一度下染めをして、その上に他の色をさらに上(うわ)がけしなければならないし、一つの色でも染料に浸す回数、すなわち浴数によって色の濃淡の差が出てくるので、色をあわせることはむずかしい。天然染料を用いるとき、所望の濃度をつくる場合、日本でも紫や茜(あかね)、紅(べに)、藍などの濃色を得るためには、十数回から数十回の浴染が行われた。ことに染色技術の進んでいない時代や場所では想像に絶するほどの時間がこれに費やされた。バリ島のテンガナンでは濃褐色に仕上げるのに5年かかったといい、東フロレスでは10年もかかったという。北スマトラのバタック人の木綿(もめん)布は藍染めでさえ1年から2年を要したといわれる。このようにして薄色を何度も重ねて染めたところに暖かみと厚みのある天然染料独特の色合いが生まれたのであって、天然染料の色のよさの一つが、ただそれを用いたというだけでなく、これをいかに扱うかという点に大きな原因があるのはいうまでもないことである。
[山辺知行]
以上の無地染めに対して、模様染めは染料を用いて布の上に模様を染め表していくので、これには生地(きじ)の上へ直接色を塗っていく描(か)き絵と、これを染料に浸して模様を表す場合とがある。
描き絵というのはもっとも簡単な模様染めで、布面に絵を描くのと同じで、素朴なものには顔料や植物の汁などで、人体を彩るのと同様に布面を彩色したにすぎないものもある。これが進んで顔料もしくは顔料的に扱われた染料を用いたものに、たとえばプレ・インカの描き絵染めや、正倉院の染織品にみられる描き絵などがある。インドの描き更紗(さらさ)などはこれがさらに進んだ形で、一部に防染による浸染の用いられている場合もある。日本の辻(つじ)が花染めにも、墨や朱などによる描き絵がみられるし、友禅染めの一部にも行われることがある。また、著名な画家が着物や帯に墨絵で模様を描いたり、また、墨のなかへ豆汁(ごじる)を摺り込んだ豆描き友禅といったものもこの一部であろう。また布面へ直接色をつけるものにプリント染めや型摺り、摺絵(すりえ)、墨流しなどもある。
これに対して浸染によって模様を表す場合は、それが単色の場合も多色の場合も、布面の一部に染料の浸透を抑制する防染が施されなければならない。ここに、どのような防染法を用いるかということで、種々の模様染めの方法が分かれてくる。
[山辺知行]
布面の一部を覆い、縛る、挟むなどの方法で押さえて防染するもので、もっとも一般的なものに絞りがある。
絞りは模様染めの技術としてもっとも古い歴史をもっており、世界の各地方で行われてきた。それは極言すると、オセアニアを除いて世界の各地に分布しているといってよい。とくに東洋のインド、インドネシアの絞りは著名で、今日一般に学術用語として用いられているプランギplangi(マライ語)やトリティックtritik(ジャワ)、バンダナbandhana(インド)はそれぞれの地方のものである。インドの絞りは木綿または絹に精細なつまみ絞りと縫い締めによる多色な花模様やインディアン・パイン(ペイズリー)などの模様を表したものが多い。インドネシアは各島々によって材料も技法も異なるが、スマトラ、バリ島の絹絞りでは、中央を大きく無地に絞って周縁部に縫い絞りの模様を配したスレンダン(掛け布)、ジャワ、セレベスの木綿絞りなどが知られている。アフリカにも毛織物や木綿の絞りに民俗的な素朴な力強さをみせたものが多い。アメリカ大陸では、メキシコ、グアテマラ、アルゼンチンなどにもあるが、古くプレ・インカ時代のペルーの絞りは、強撚糸(きょうねんし)で織った弾力のある木綿を石垣(いしがき)のように詰めて絞ったもので、他に類例のない珍しいものである。日本の絞りは、おそらく古く中国からその技術を学んだものであろうが、中国の絞りが現在では主として華南方面の民俗的なものになっているほか、俗に蒙古氈(もうこせん)といわれるフェルトの絞りなどにみるような大柄な単純なものが多いのに対して、非常に多様なものに発展している。上代染色の纐纈(こうけち)から平安・鎌倉時代を経て室町時代のなかばごろから現れた辻が花染めの精巧な絞りは、さらに江戸時代に入ると、いわゆる京匹田(ひった)系統の精細なものとなった。一方、鳴海(なるみ)、有松(ありまつ)(名古屋)に行われた庶民的な木綿絞りにも三浦・くも・巻き上げ・羅仙(らせん)・帽子などのくくり絞り、養老・杢目(もくめ)・白影(しらかげ)などの縫い締めなど、基本的なものだけでも数十種にわたる技法が行われている。
板や木片を用いてその間に布を挟んで染める板締め染めと同じものには、古く中国から日本に伝来したきょう纈(きょうけち)がある。多色な板締め染めとして、その技術の細部は現在不明であるが、中国で後世まで行われた技法に、文様を透彫りした2枚の木型の間へ裂(きれ)を挟んで、多色の染料を通して染める方法があり、あるいはこれと関連があるのではないかと考えられる。日本の板締め染めは、その後、板を多く用いてその間へ裂地をジグザグに挟み締めて染める技術が発達したが、これは大正時代で終わっている。現在は有松地方で雪花(せっか)絞りといわれる、裂を細かく折り畳んで両側から2枚の木片を当てて締めて染めることが行われているだけである。
絞りは元来染め色と生地のもつ自然色で模様が染め出されるものであるが、これが多色で行われる場合、1色ごとに絞りのくくりを一部解いて数色を染めることが行われる。逆に1液染めた部分に絞りを加えていくこともある。ただし、あまり色数が多くなると重なった部分の色が濁ってくるので、3色ぐらいを限度とし、それ以上の場合は部分的に抓(つま)み染めするか、または一度染めた部分を大きく覆いくくって染めることが行われる。浸染のかわりに彩色を加えることもあるが、あまり技巧的になりすぎるとかえって絞りの本来の味が失われることもある。
[山辺知行]
防染法としてもっとも広い技術の幅をもつもので、生地の上へ蝋(ろう)、糊(のり)、泥土、ゴムなどの染料の浸透を防ぐ物質を接着して、これによって模様を表すもので、この防染の施し方によって手描きと型染めに分かれる。(1)蝋防染 いわゆる﨟纈(ろうけち)で、バティックbatikというのはこの技術の本場ともいわれるジャワのことばである。バティックの行われている地方は、インドネシアではジャワのほか南部スマトラ、セレベスなどで、インド、海南島、華南、中近東のボハラ地方、アフリカの西部などでも行われている。熱を加えて溶解した蝋を用いて布面に模様を描くのに、ジャワではチャンチンtjantingという細い口のついたパイプ状の器具へ蝋を入れてこれを傾けて線を描き、インドでは細い鉄の串(くし)のようなものへ人毛やアロエの繊維を巻き付けたものへ蝋を浸(し)ませて描く。ジャワでは19世紀の中ごろからチャップtjapという銅版を用いたプリントの方法が行われ、安い大量ものは、多くこれによってなされるようになった。
日本の蝋染めは、奈良時代に中国から伝えられたもので、今日正倉院の染織品にこれをみることができるが、蝋は手描きでなく、型(おそらくは木製)を用いてスタンプ式に押捺(おうなつ)されている。その後この技術はいつしか行われなくなり、明治時代に入ってふたたびジャワの更紗などによって技術が復活して今日に至っている。
(2)糊防染 米の糊を主剤としてこれによって模様を描いて防染するもので、世界的にみると、蝋ほど行われていない。ジャワの一部で古く行われたほか、各地の民俗のなかに、たとえばヨーロッパではスイス、チェコスロバキアなどに木版を用いて綿布、麻布などに糊(ここでは小麦糊)を置いた藍染めが残っていたが、今日はほとんどみられない。
糊防染が極度に発達したのは日本(沖縄を含む)で、だいたい中世末ごろから盛んに行われ始め、最初は型紙に模様を彫り抜いたものを用いて篦(へら)で糊を置いた小紋染めが行われていたのが、江戸時代の前期から中期初頭にかけ、細い糊の線を手描きにして模様を描き、これに染料や顔料を塗って彩色を加えていく友禅染めが始まって日本独特の糊防染の染色が完成された。琉球(りゅうきゅう)の紅型(びんがた)染めは、小紋系の型染めと友禅染めの塗り染めとが一つになったようなもので、型による絵模様としてその華麗な彩色とともに独特の美しさをもっている。重要無形文化財に指定された芹沢銈介(せりざわけいすけ)の型絵染めは、その紅型の技術をさらに日本的な絵模様染めに発展させたものである。型染めでは、このほかに小紋よりやや模様の大柄な中形(ちゅうがた)がある。これは江戸時代に庶民の浴衣(ゆかた)に用いられた木綿布に藍染めしたものだが、夏に単衣(ひとえ)で着るもので、表裏から糊を置いて染めてある。庶民の夏衣に対して武家の女性の用いた茶屋染めは、上質のチョマ布に手描きで精細な模様を糊置きして藍染めしたもので、糊防染の染色のなかでも、もっとも時間と労力のかかったものであろうといわれる。
友禅染めも小紋染めも中形染めも、明治中期以後は、もっぱら化学染料が用いられ、友禅の糊も最近は生ゴムを用いることも行われている。しかし、その反面、伝統的な天然染料を用いたものも一部ではあるが行われており、限られた人たちの間で愛好されている。
プリント染めについては、描き絵染めのところで触れたように、インドにおける更紗に、描き更紗とプリント更紗があり、この両者が併用され(模様の線をプリントして手彩色を加えるというように)、さらにこれに蝋の防染を加えたものもある。プリントは、凸版の木型により、これを部分的に用いて模様が構成されていく。現在イランで行われているものは、その大半がこのブロック更紗である。更紗はさらに18世紀ごろヨーロッパに入ってフランス、オランダあたりで銅版を用いたかなり精巧なプリント更紗がつくられている。江戸後期に南蛮船によって日本に輸入されたものにはこの種のものが多い。
日本で行われた木型を用いたプリントは、奈良時代の摺絵の技術の系統で、のちに蛮絵の摺り紋などに残っていったが、近世のものは型紙を用いて布面に直接染料を施すことが行われている。しかし、これがもっとも効果的に用いられるようになったのは、明治以後のうつし糊による型友禅である。これは、糊を用いるかわりに1色ずつ数多くの型紙を用いて染料を直接布地へつけていく方法である。
最後に、無地染めでもなく、描き染めにも入らず、型染めでもないものに、染料自体のつくる模様を生地に移していく墨流し系統のプリント染めがある。外国のものではこれを紙に染め付けたマーブル・プリントmarble printingがある。トルコのものは有名で、現在でも非常に精巧なものがつくられている。日本でも古くは染め紙に用いられたが、近世末期から布に応用されており、糊を交えた染料などによって同様のものをつくっている。
[山辺知行]
染色は、繊維のほか、紙、皮革、プラスチックその他の類似品を着色する加工方法の一つであるが、単なる着色と異なり、染色対象物(被染物)に対し、その溶液から直接に染着し、しだいに溶液中の染料濃度を減少する性質の着色剤すなわち染料を用い、このため洗濯、汗、水などによって染色物から染料が容易に流れ去ることがなく、使用上の諸種の作用に対してもかなりの抵抗性(染色堅牢(けんろう)度)を示す着色をいう。しかし染着性がほとんどなくても媒介剤(媒染剤)または固着剤によって染着できる媒染染料またはピグメントレジンカラーなども使用される。古くから用いられてきた植物染料は、その多くが媒染染料に属する。
染色は、製品の装飾的価値を高めるとともに、品質を決定づける重要な加工であり、とくに消費材としての染色品においては、色の耐久性も重要な品質要因であるので、被染物の種類、性質、用途などにより、それに適合する染料を用いることが必要である。
[越川壽一]
(1)綿、麻、レーヨンその他のセルロース繊維には主として反応染料、直接染料、バット染料、硫化染料、ナフトール染料などが用いられる。反応染料は、セルロースと共有結合によって染着する染料で、反応を促進するため染液にアルカリを併用する。色調鮮明で、洗濯、熱湯などに対する染色堅牢度が高く、さらに比較的低温(約80℃以下)で染色できるため近年はこれを使用することが多い。直接染料、バット染料、硫化染料、ナフトール染料などはセルロースに主として水素結合によって染着する。硫酸ナトリウム、塩化ナトリウムなどの中性塩によって染着を促進するので、濃色染めなどの場合には、これらの中性塩を染液に添加する。また、非イオン系、アニオン系などの界面活性剤によって染着が緩和されるので、均染、緩染の目的でこれらを染液に添加することも少なくない。直接染料は水溶性であるが、バット染料および硫化染料は水に不溶性のため、前者には水酸化ナトリウムおよびハイドロサルファイトを、後者には硫化ナトリウムを添加し、それぞれ還元体(リュウコ化合物)にして水に溶解し、染色したのち空気酸化などによって酸化して、元の染料を被染物内に復生する方法によって染色する。バット染料の代表的染料である天然藍(あい)には、古くはアルカリ剤として石灰、木灰、貝灰など、還元剤として水飴(あめ)、麬(ふすま)、デンプン、亜鉛末などが用いられた。ナフトール染料は、下漬け剤と顕色剤の2成分からなり、それぞれに処理して、被染物内に染料を生成する染色方法によるもので、下漬け剤に用いられるナフトールAS類は水に不溶性のため、水酸化ナトリウムを添加して水溶液とし被染物に吸収させる。顕色剤にはベース類とソルト類の2種類があるが、ソルト類はそのままで水に溶解し、下漬け剤と反応して色素を生成するので使用に便利である。下漬け剤と顕色剤の反応は室温において速やかに達成するため、下漬けおよび顕色のいずれも室温における短時間の処理で染色できる利点がある。セルロース繊維の染色にはピグメントレジンカラーも使用される。この染料は、顔料を合成樹脂系固着剤によって被染物に固着するもので、おもに捺染(なっせん)に適する。固着剤を適宜選択することによって各種類の繊維に適用される。
(2)羊毛、絹その他のタンパク繊維およびナイロンには主として酸性染料、酸性媒染染料が用いられる。これらの染料は、タンパク繊維およびナイロンと主としてイオン結合によって染着する。染液のpHが低下するに伴って染着を促進し、アニオン系、非イオン系または両性イオン系界面活性剤によって染着が抑制されるため、均染剤としてこれらを染液に添加することが少なくない。酸性媒染染料は、染色前または後に重クロム酸塩、クロムミョウバンなどの媒染剤で処理し、染料を金属錯化合物にして染着する。なお、これらの繊維品には反応染料も用いられ、また、絹にはログウッドその他の植物染料、媒染染料も用いられる。
皮革は、タンパク繊維と同様の染色性を示すので、同種類の染料が使用されるが、毛皮、甲革などには酸化染料も用いられる。
(3)合成繊維およびアセテートは、親水性が乏しく、セルロース繊維やタンパク繊維に適する染料は染着困難なため、通常、分散染料が用いられる。分散染料は水に難溶性のため、分散剤を添加して水分散液にして使用する。これらの繊維とは主として水素結合によって染着する。ポリエステル繊維は、繊維組織が緻密(ちみつ)で、繊維内への染料の拡散が困難なため、100℃以上の高温染色またはサーモゾル染色あるいはメチルナフタレン、フェノール誘導体類、クロルベンゼン類などを促染剤とするキャリア染色などによる。ビニロンは、外層(スキン層)と内層(コア層)の染色性が異なり、スキン層は一般合成繊維と同じく分散染料によって染色されるが、コア層はセルロースに近似の染色性のため、これら両種類の染料を併用するか、またはとくに堅牢濃色染めなどの場合にはナフトール染料の下漬け剤と顕色剤(ベース類)を同浴で用い、次にジアゾ化・顕色するアゾイック染法も用いられる。アクリルおよびアクリル系繊維は、カチオン染料との親和性が大きく、鮮明色に染色されるため、通常、カチオン染料によって染色する。ポリオレフィン系繊維、ポリ塩化ビニル系およびビニリデン系繊維は、染色がきわめて困難なため、濃色にはドープ染色(原液着色)が行われるが、淡色では分散染料、油溶性顔料または媒染染料の一部が用いられる。一般にキャリアを併用することが多い。
近年、合成繊維、アセテートのとくに模様染めを対象に、昇華性有機顔料による転写捺染が応用されるようになり、従来の方法では難染性とされたこれらの繊維も、比較的容易に染色できるようになった。
[越川壽一]
染色には、被染物の形態、種類、染色効果などによっていろいろの方法が用いられ、染液に被染物を浸して染める浸染(しんせん)、染液を塗付するパッド染色または引き染め、噴霧するスプレー染色、印捺による捺染、または昇華性染料を加熱・転写する転写捺染、その他種類が多い。無地染めにはおもに浸染、パッド染色が、模様染めにはおもに捺染が用いられるほか、手工的方法としては描(か)き染め、括(くく)り染め(絞り染め、絣(かすり)糸染めなど)、﨟纈(ろうけち)染めその他の方法も用いられる。
浸染は、染料溶液に染着を促進するための促染剤、染着を均一にする均染剤、あるいは繊維保護剤などの染色助剤を添加して調製した染液に被染物を浸し、適宜の温度に加熱して染色するが、被染物の形態により、ばら毛染め、トップ染め、ケーク染め、チーズ染め、綛(かせ)染め、ワープ(経(たて)糸)染色、布染め、縫製品染めなどの別があり、それぞれに適した染色機によって行われる。ばら毛染めや篠(しの)状被染物用には、多孔円筒内に充填(じゅうてん)して染色するパッケージ染色機が、糸状被染物用には、多孔チューブに巻き付け、糸層を通して染液を循環するビーム染色機、チーズ染色機、ケーク染色機が、綛糸用には綛状のまま掛け棒または多孔チューブに吊(つ)るして染液を循環する回転バックまたは噴射式綛糸染色機などが、布染めには染液中を被染物が拡布状で循環するジッガ、パッド染色機または連続染色装置やロープ状で循環するウィンス染色機、染液の流動によって被染物が循環する液流染色機、ジェット染色機などが用いられる。合成繊維の薄地織物、経(たて)編地などではビーム染色機も用いられる。また、二次製品、半製品、ニット地などには染液の流動によって被染物が緩やかに流動するパドル染色機、多孔円筒に被染物を入れて回転、染色するロータリー(回転ドラム式)染色機などが用いられる。
近年、作業の自動化、廃熱・廃液の利用、染色温度の低下、時間の短縮、染着濃度の増進、難染性繊維の染色などを対象とする新技術の開発・改良が目覚ましく、カラーマッチングの自動化、小浴比染色、泡沫(ほうまつ)染色、溶剤染色または溶剤添加染色などの方法が開発され、一部に実施されている。
捺染では染液が印捺部外ににじみ出ることがないようにするため、染液にデンプン、ゴム糊(のり)、海藻糊、カルボキシメチルセルロースその他の糊剤を添加し、模様状に印捺したのち蒸熱などによって染色する方法(直接捺染法)によるか、あらかじめ染色(地染め)したのち模様部分を脱色または脱色と同時に異色に染色する抜染法(前者を白色抜染、後者を着色抜染という)、または染着を防止する白(しろ)糊または色糊を印捺したのち色糊(直接捺染糊)を印捺して模様を染め出す防染法(前者を白色防染、後者を着色防染という)などの種類がある。絞り染め、板締(じ)め絣(かすり)染めなどの括り染め、﨟纈染めなどは捺染ではないが防染法に属する。捺染は、おもに布を対象とするが、絣染めなどのように糸を対象とすることもある。
捺染糊を印捺する方法としては、彫刻ローラーを用いるローラー捺染、紗(しゃ)または金属薄板を用い、抜き取り型としたスクリーン型を用いるスクリーン捺染(金属製スクリーンを円筒状にしたものを用いる方法をロータリースクリーンという)、および渋紙に模様を彫り抜いた型紙を用いる型紙捺染などがある。特殊な方法として、昇華性顔料を印捺した転写紙を被染物に重ね、加熱・転写して模様を染め付ける転写捺染も近年行われるようになった。近年は製品の少量多品種化に伴い、作業性のよいフラットスクリーンおよびロータリースクリーン捺染が主流となり、ローラー捺染は著しく減少した。
[越川壽一]
被染物は、染料の浸透をよくし、均一な染色、色の鮮明度、染色堅牢度の向上などのため、染色に先だち、汚れ、不純物、処理剤などの付着物を除き、清浄な状態にすることが必要で、このため糊抜き、精練、洗浄を行う。さらに淡色、鮮明色に染色するものは漂白も行う。糊抜きには、付着している糊剤の種類により、デンプン分解酵素、タンパク分解酵素またはアルカリ剤などを用いるが、ポリビニルアルコールなどの合成糊剤では亜臭素酸ナトリウムその他の酸化剤を用いる。精練は、せっけん、合成洗剤、炭酸ナトリウムその他のアルカリ剤などを含む熱液によって行う。漂白には、過酸化水素、亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸ナトリウムなどの酸化漂白剤またはハイドロサルファイトその他の還元漂白剤が用いられる。さらに、毛織物の捺染の場合は、次亜塩素酸によるクロリネーションまたは吸湿剤処理などのほか毛焼きを行うなど捺染糊の浸透をよくし、捺染効果を高めるための前処理を施すことが多い。
[越川壽一]
『西田虎一著『染色――理論と技法』(1983・家政教育社)』▽『矢部章彦・林雅子著『新版染色概説』(1979・光生館)』▽『日本学術振興会染色加工第120委員会編『染色事典』(1982・朝倉書店)』
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【Ⅰ】dyeing.繊維類を染料との物理的,あるいは化学的な結合力によって着色する操作をいう.広義には,顔料なせんや化学繊維,合成繊維の原液着色も含まれ,さらにまた,毛皮,皮革,紙,木材,ワラ,合成樹脂,金属表面などの着色も含まれるとする考え方もある.繊維類の染色法には,染色浴に浸せきすることによる浸染法と,染料を含むのり液(なせんのり)を印捺して蒸熱するなせん法とに大別される.さらに,染色工程のなかには,染色を鮮麗,かつ均一に行わせるための準備工程(繊維類ののり抜き,精錬,漂白,ヒートセット)と,染色物の商品価値をさらに高めるための仕上工程(つや出し,柔軟化,防水,防しわなど)が含まれている.【Ⅱ】staining.組織や細胞の構造体を光学顕微鏡で観察するために色素を用いて着色することをいう.一般には,固定化後に染色するが,目的により固定しないで染色する生体染色もある.大別して組織や細胞全体を染色して形態観察する一般染色と組織化学法とがある.一般染色では,核,染色体が青,細胞質が桃色に染まるヘマトキシリン-エオシン染色と,核は紫,塩基性顆粒は青,酸性顆粒は赤く染まるギムザ染色とがよく用いられる.細菌の染色にはグラム染色法がある.組織化学法には,ホスファターゼ,エステラーゼなどの酵素の微視的な存在をそれぞれの呈色性基質を用いて検出する方法や,蛍光抗体法,酵素抗体法などの免疫化学法がある.電子顕微鏡観察には,金属錯体で染色する電子染色がある.
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…しかし現在一般に着物という場合は,和服のなかでも羽織,襦袢(じゆばん),コートなどをのぞく,いわゆる長着(ながぎ)をさすことが多い。これは布地,紋様,染色に関係なく,前でかき合わせて1本の帯で留める一部式(ワンピース)のスタイルのもので,表着(うわぎ)として用いる。以下〈着物〉の語はおもに長着をさして使う。…
※「染色」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報
冬期3カ月の平均気温が平年と比べて高い時が暖冬、低い時が寒冬。暖冬時には、日本付近は南海上の亜熱帯高気圧に覆われて、シベリア高気圧の張り出しが弱い。上層では偏西風が東西流型となり、寒気の南下が阻止され...
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