野新村(読み)のしんむら

日本歴史地名大系 「野新村」の解説

野新村
のしんむら

[現在地名]朝日町野新

北と西は高橋(たかはし)村、東と西は下野(しもの)村。明暦二年(一六五六)七石の手上高のほか、寛文三年(一六六三)検地によって三五石の出分高があり、同一〇年の村御印では草高一一一石、免三ツ五歩(三箇国高物成帳)。


野新村
のつじしんむら

[現在地名]加古川市平岡町新在家(ひらおかちようしんざいけ)

新在家村の東に位置する。村の始まりは寛文六、七年(一六六六、六七)頃と伝える(元文二年「村明細帳」寺田町内会文書)。元禄郷帳に新在家村枝郷と肩書されて村名がみえ、高八四石余。


野新村
のしんむら

[現在地名]加古川市八幡町野村(やはたちようのむら)

野村の南東に位置する。中央部を草谷(くさたに)川が西流する。元禄郷帳に野村枝郷と肩書されて村名がみえ、高一一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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