野田新田(読み)のだしんでん

日本歴史地名大系 「野田新田」の解説

野田新田
のだしんでん

[現在地名]穂積町野田新田

牛牧うしき村から五六ごろく川を隔てて東に位置する。もと同村の枝郷で領主は同村に同じ。寛永一八年(一六四一)検地で独立。高三五二石余、田三六町一反余・畑三町三反余(天保九年村明細帳)。岩瀬文庫本正保郷帳では、牛牧村枝郷の内野うちの野白のばく両新田とともに牛牧新田村(六八〇石余)と記される。元禄郷帳に村名がみえ、高三五二石余。しかし独立性に乏しかった(「大垣藩預所地方取斗覚書」林文書)


野田新田
のだしんでん

[現在地名]安田町野田

阿賀野川右岸にあり、西から南は小浮こおけ村に接する。承応元年(一六五二)の開発と伝える(「川北組新田付帳」新発田市立図書館蔵)。新発田藩岡方組の分田組に属し、寛文七年(一六六七)と推定される御領内見分之書付(貴船家文書)に物成高四〇石、家数一四・人数六七とみえる。天明二年(一七八二)の岡方組万雑組立帳(倉島肩吾氏蔵)によれば役石は八〇石二斗余で、二貫九八五文の組万雑(組の経費)を負担。


野田新田
のだしんでん

[現在地名]川越市野田新田・上野田町かみのだまち

野田村の西、赤間あかま川左岸の小村。田園簿に村名がみえないが、慶長二〇年(一六一五)に川越藩主酒井忠利から屋敷成分の諸役を免除されたという(風土記稿)。寛文四年(一六六四)の河越領郷村高帳に村名がみえ、高二六石余、反別畑のみで七町七反余。幕末まで川越藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android