20世紀日本人名事典 「野間文」の解説 野間 文ノマ フミ 明治・大正期の薙刀師範 生年天保12年7月9日(1841年) 没年大正10(1921)年4月28日 出生地上総国飯野(千葉県富津市) 旧姓(旧名)森 経歴上総飯野藩の剣術指南・森要蔵の長女。2度の結婚を経て、35歳の時に父の門弟であった野間好雄と結婚。父と同じく武芸に秀で、留雄と名乗って薙刀や鎖鎌を教えながら夫と共に諸国を巡歴し、のち群馬県桐生に落ち着いて道場を開いた。長男は、のちの大日本雄弁会講談社(現・講談社)の創業者・野間清治。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「野間文」の解説 野間文 のま-ふみ 1841-1921 明治-大正時代,野間清治の母。天保(てんぽう)12年7月9日生まれ。もと上総(かずさ)(千葉県)飯野藩剣道師範森要蔵の長女。35歳で父の門下生野間好雄と結婚。留雄と名のって薙刀(なぎなた),鎖鎌を指南。夫とともに諸国を遍歴後,群馬県桐生(きりゅう)で道場をひらき,明治11年長男清治(講談社の創立者)を生んだ。大正10年4月28日死去。81歳。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by