野館跡(読み)あしのやかたあと

日本歴史地名大系 「野館跡」の解説

野館跡
あしのやかたあと

[現在地名]那須町芦野 熊野堂

奈良なら川右岸、支流菖蒲あやめ川とに挟まれた舌状地に位置する中世の居館跡。昭和五三年(一九七八)遺跡調査が行われた。南北径約一五〇メートル、東西は中央部で約一二〇メートル、堀は上幅約五メートル、深さ一・五―一・八メートルの箱堀で西側では一部薬研状の断面をもち、堀に並行する短冊形の地割などから二重堀も想定できる。出土遺物に土師器が多くみられることから、古代末から鎌倉末の築城と思われ、「吾妻鏡」建長八年(一二五六)六月二日条にみえる「葦野地頭」の居所であった可能性が考えられる。この葦野地頭が何者であるかは不明だが、「那須郡誌」などによると一四世紀半ば、那須資忠三男(一説に次男)資方が芦野氏の嫡養子となり、芦野氏は那須氏一統に加わったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む