日本歴史地名大系 「金剛城寺」の解説 金剛城寺こんごうじようじ 兵庫県:神崎郡福崎町田口村金剛城寺[現在地名]福崎町田口七種(なぐさ)川の右岸にある。七種山と号し、高野山真言宗。本尊は十一面観音。「峯相記」には七種寺と記され、法道の建立とされる。初めは滋岡(しげおか)寺と称したとされ、聖武天皇の時代に火災で焼失したという。その後行基によって再興され、七種山金剛城寺と号したと伝える。文明一一年(一四七九)金堂からの出火で焼失、さらに数度の兵乱で荒廃し退転した(天文三年三月三日「金剛城寺略縁起」寺蔵)。その後真言宗円満(えんまん)寺(現中町)の覚明が廃れていた七種の寺を兼帯していたが、姫路城内で悪魔退散・国家安穏の祈祷を行った功により、城主池田輝政から山林寺領の寄進を受けたという。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by