金山沢村(読み)かなやまざわむら

日本歴史地名大系 「金山沢村」の解説

金山沢村
かなやまざわむら

[現在地名]階上町金山沢

八戸(はちのへ)城下(現八戸市)の南、松館(まつだて)川の上流の渓谷沿いに位置する。集落は周辺に散在し、中央部を松館川が北流する。東は角柄折(つのがらおり)村、西は是川(これかわ)村(現八戸市)・島守(しまもり)村(現南郷村)、南は晴山沢(はれやまざわ)村に接する。

元和四年(一六二七)の知行目録に「百三拾四石九斗弐升五合 水なし」とあるのは当村の水無(みずなし)とみられ、藩政当初は盛岡藩に属し、根城南部氏に給されていた。


金山沢村
かねやまさわむら

[現在地名]西仙北町金山沢

仙北平野の北部にあり、北東は九升田(くしようだ)村、南は杉山田(すぎやまだ)村、西は木売沢(きうりさわ)村に接する。雄物川の東側にある由利郡境の村。

久保田領郡邑記に「新田ノ村ナリ、矢島領ト由利街道境ナリ、又湯ノ沢堤土居ハ矢嶋領・亀田領ノ境ナリ、西野ノ上段ハ由利街道マデ御国分トイフ、拠人小屋ヲ掛ケテ毎日一人ツヽ番ヲツトム」とある。

正保郷帳ニ出候高覚(享保一四年「金山沢村堤論覚書」秋田県庁蔵)によれば、高三一石余で、うち一九石余田方、一石九斗余畑方となっている。正保四年(一六四七)の出羽一国絵図、元禄郷帳・元禄絵図でも同じく三一石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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