金川陣屋跡(読み)かながわじんやあと

日本歴史地名大系 「金川陣屋跡」の解説

金川陣屋跡
かながわじんやあと

[現在地名]御津町金川

臥龍がりゆう山の東麓、妙圀みようこく寺跡に設けられた岡山藩家老日置氏の陣屋。日置氏は祖真斎が美濃国で池田信輝に仕えて以来の譜代で、三代忠俊は信輝の次子輝政が、関ヶ原の戦後姫路ひめじ(現兵庫県姫路市)城主となると、知行一万石で播磨国高砂たかさご(現兵庫県高砂市)に移った。慶長八年(一六〇三)輝政の次男忠継が備前一国二八万石を拝領し、兄利隆が監国に当たることになると、忠俊は利隆に従って金川に移り、金川城を修築して居城とした(「日置忠治伺書写」板津文書)

慶長一八年利隆が父輝政の遺領を継ぎ姫路城主となると、再び播磨国高砂に移った。元和二年(一六一六)利隆の長子光政が因幡国鳥取に移封されると、同国鹿野しかの(現鳥取県気高郡鹿野町)に在城した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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