日本歴史地名大系 「金毘羅街道」の解説
金毘羅街道
こんぴらかいどう
金毘羅大権現(現金刀比羅宮)への参詣路の総称で、「こんぴらみち」として庶民に親しまれ、金毘羅信仰が全国的に広まった江戸中期から明治にかけて発達した。参詣者が全国から集まったので、参詣道は金毘羅からそれぞれの行先地を街道名としてよび、おもな街道は丸亀・金毘羅街道、多度津・金毘羅街道、高松・金毘羅街道、伊予・土佐街道、阿波・金毘羅街道の五つであった。
江戸方面や近畿地方からの参詣客は、大坂からの金毘羅船で丸亀に上陸した。延享元年(一七四四)に讃岐出身の船宿多田屋新右衛門が金毘羅船を仕立てたいと金毘羅
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報