針貝村(読み)はりがいむら

日本歴史地名大系 「針貝村」の解説

針貝村
はりがいむら

[現在地名]今市市針貝

北東へ流れる大谷だいや川南岸にあり、北は町谷まちや村。南におお(四〇三・八メートル)、西に名野なの山がある。中央部を南北に通る御老中ごろうじゆ街道の両側集落がある。河内かわち郡に属する。寛永七年(一六三〇)の下総山川藩領の時の検地帳(秋元正俊文書)に「原村内針貝」とみえ、近世初期には大谷川対岸の町谷村一村はら村とよばれたと考えられる。文政一一年(一八二八)の町谷村明細帳(同文書)にもかつて両村は一郷で、鎮守も一社であったとしている。慶安・元禄両郷帳には針谷はりがい村とみえ、天保郷帳には古くは針谷村と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む