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鈴木力 すずき ちから

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鈴木力 すずき-ちから

鈴木天眼(すずき-てんがん)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

鈴木力

没年:昭和1.12.10(1926)
生年:慶応3.7.8(1867.8.7)
明治時代の対外硬ジャーナリスト。号は天眼。陸奥国二本松藩(福島県)藩士鈴木習の長男。大学予備門(東大)中退。明治26(1893)年に創刊された『二六新報』主筆となり,27年には対外硬派の一翼である全国同志新聞記者連合に参加する。長崎で31年『九州日の出新聞』,35年『東洋日の出新聞』を創刊して社長となる。41年衆院議員となり,議会の野次では天下一品と称せられた。また熱心な日蓮宗信者で,血をはきながらも自分の新聞に執筆を続けたという。主な著書に『小日本歟大日本歟』(1897)などがある。大正3(1914)年には,南洋視察を行っている。<参考文献>森銑三編『明治人物逸話辞典』上

(小宮一夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の鈴木力の言及

【鈴木天眼】より

…明治・大正期のジャーナリスト。名は力(ちから)。会津藩士の家に生まれ上京,1890年雑誌《活世界》を発行,〈日本精神と対外経綸の振作〉に努める。93年秋山定輔創刊の《二六新報》主筆となる。日清関係の急迫で朝鮮に渡り天佑俠を組織する。98年《九州日の出新聞》,1902年《東洋日の出新聞》を創刊し,社長となる。日露開戦にあたり積極的大陸進出論を唱え,08年長崎県選出衆議院議員。辛亥革命の正当性を主張し,非干渉を唱えた。…

※「鈴木力」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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