鈴木朖居住地跡(読み)すずきあきらきよじゆうちあと

日本歴史地名大系 「鈴木朖居住地跡」の解説

鈴木朖居住地跡
すずきあきらきよじゆうちあと

[現在地名]西区城西三丁目

江川端(えがわばた)町の北西、江川の右岸にある。朖は尾張が生んだ国語学の大家で、「言語四種論」「雅語音声考」「活語断続譜」の三部作は、今日の水準からも高い評価を受ける。明和元年(一七六四)西枇杷島(にしびわじま)(現西春日井郡西枇杷島町)の医家に生れたが、家業を嫌って儒学を学び、また本居宣長の門に入った。三一歳で尾張藩に仕え、藩校明倫(めいりん)堂の教授並に進み、明倫堂としては初めて国学を教えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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