鎌原溶水(読み)かんばら ようすい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鎌原溶水」の解説

鎌原溶水 かんばら-ようすい

1820-1882 幕末武士
文政3年生まれ。信濃(しなの)(長野県)松代(まつしろ)藩士嘉永(かえい)4年家老となり,藩校文武学校の建設を命じられ,のち会計をつかさどる。戊辰(ぼしん)戦争では,新政府軍に属した藩の軍需品などの供給を担当。明治元年執政,権大参事。明治15年3月9日死去。63歳。名は貫唯。通称は伊野右衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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