鎮西野村(読み)ちんぜいのむら

日本歴史地名大系 「鎮西野村」の解説

鎮西野村
ちんぜいのむら

[現在地名]下條村鎮西野

現下條村の南部、下条山脈汗馬沢かんばざわ(一二四〇メートル)の東麓、台地上に位置。文明四年(一四七二)頃、下条康氏が古城ふるじよう(現阿南町富草)から近くの吉岡よしおか居城を移してから、吉岡城の西方にあたる当村に鎮守として八幡社を建立し、諏訪社を摂社とした。更に天文四年(一五三五)頃、同時氏が父の菩提を弔うために、吉岡城外にあった宝積寺を当村に移し、父の法号にちなんで竜嶽りゆうがく寺と改称した(下伊那史)。文禄二年(一五九三)には同寺の薬師堂の修復が行われたことが棟札銘から知られる。また、江戸時代の中期には大山田おおやまだ神社を当村に勧請して主神とし、八幡大神と諏訪大明神は相殿に奉祀された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む