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長厳 ちょうげん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長厳 ちょうげん

1152-1228 平安後期-鎌倉時代の僧。
仁平(にんびょう)2年生まれ。真言宗。七条院の後鳥羽(ごとば)天皇出産の際祈祷をし,のち天皇の帰依(きえ)をうける。熊野三山検校(けんぎょう),新熊野(いまくまの)社検校,石山寺座主(ざす)をつとめ,大僧正となる。承久(じょうきゅう)の乱後討幕計画に加担したとして陸奥(むつ)へ流された。安貞2年7月16日死去。77歳。俗姓は紀。

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朝日日本歴史人物事典の解説

長厳

没年:安貞2.7.16(1228.8.17)
生年:仁平2(1152)
平安末から鎌倉初期の天台宗園城寺の僧。尊真の弟子。刑部僧正と号した。有験第一といわれるほど密教修法に優れ,後鳥羽天皇の護持僧となる。天皇譲位後も,修明門院安産祈願,七条院(後鳥羽天皇の母)への荘園寄進,水無瀬殿造進,そして皇子妙香院宮の師となるなど後鳥羽上皇と深い関係を保ち,大僧正となる。元久1(1204)年に熊野三山検校となり,承元1(1207)年に熊野詣での先達を勤め,上皇の代はそれを勤めるようにと院宣を下された。禅林寺,石山寺,神護寺,観心寺などの寺務も相承した。承久の乱(1221)に際し,討幕の謀議に加担したとして陸奥に流され,配所で憤怨のうちに77歳の生涯を閉じた。

(三橋正)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の長厳の言及

【檜牧荘】より

…牧が荘園に発展した代表的な例。1198年(建久9)後鳥羽上皇の護持僧であった長厳が,開発以来11代目の伝領者平盛相から譲得し,七条院に寄進した。この時点で本家職が七条院,領家職が長厳,下司職は平盛相の子孫が伝承するという職の体系が成立,以後本家職は七条院領として伝領された。…

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