長家屋敷跡(読み)ちもうけやしきあと

日本歴史地名大系 「長家屋敷跡」の解説

長家屋敷跡
ちもうけやしきあと

[現在地名]金沢市玉川町

長氏は加賀藩八家で年寄の一。屋敷は長町通ながまちどおりに面していた。長氏は能登畠山氏の臣であったが、天正九年(一五八一)長連竜が前田利家の家臣となった。寛文一一年(一六七一)まで鹿島かしま田鶴浜たつるはま(現田鶴浜町)本拠があったが(田鶴浜町の→田鶴浜館跡、金沢での邸宅を初めは城内に置き、慶長一七年(一六一二)この地に屋敷地を拝領したという(金沢古蹟志)。別に、寛永八年(一六三一)金沢大火の際まで仙石せんごく町にあった長家屋敷は類焼後当地へ移り、同一五年までに家作が完了したともいう(三州志来因概覧付録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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