長尾東村(読み)ながおひがしむら

日本歴史地名大系 「長尾東村」の解説

長尾東村
ながおひがしむら

[現在地名]長尾町ひがし

鴨部かべ川支流の清水しみず川・きれノ川流域の平野部に位置する。北は大鉢山で野間田のまだ村と境する。三反地さんたんじ遺跡から弥生時代後期の土器が出土しており、また是行谷これゆきだに古墳群・極楽寺ごくらくじ古墳などがある。長尾西村長尾名ながおみよう村などとともに一帯は「和名抄寒川さんがわ長尾郷の地に比定され、中世には二位家法華堂領長尾庄が成立した。大永三年(一五二三)安富筑前守と寒川元政の麾下神前出羽守との間に塩木合戦があったが(南海治乱記)塩木しおきは村内将基しようぎの地という(長尾町史)

慶長二年(一五九七)の長尾東村と推定される検地帳(有馬文書)の一部が残っている。寛永国絵図では長尾庄一六ヵ村高三千五三七石余のうちで、東村・是行がのちに長尾東村となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む