日本歴史地名大系 「長尾街道」の解説
長尾街道
ながおかいどう
泉州の堺から河内の中央部を東西に横断して大和に通ずる道で、江戸時代にこの名称でよばれた。古代の大津道の後身と考えられる。江戸時代の長尾街道は、堺市街を基点にして
古代の大津道については「日本書紀」天武天皇元年(六七二)七月二三日条の壬申の乱関係の記事に、
長尾街道
ながおかいどう
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
泉州の堺から河内の中央部を東西に横断して大和に通ずる道で、江戸時代にこの名称でよばれた。古代の大津道の後身と考えられる。江戸時代の長尾街道は、堺市街を基点にして
古代の大津道については「日本書紀」天武天皇元年(六七二)七月二三日条の壬申の乱関係の記事に、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…約1.9km南に,大津道と並行して走る直線古道,丹比道(たじひみち)がある。古代の大津道を踏襲したのが,近世の長尾街道である。長尾街道は,堺の大小路を基点に東へ直進し,南花田(堺市南花田町),阿保茶屋(松原市阿保),一津屋(松原市一津屋町),島泉(羽曳野市島泉),小山(藤井寺市小山)に至る。…
…近世の竹内街道では,丹比道の東半部がやや東南東に向きをかえて古市に至っている。金田から西においては,西北方向に転じ,堺市北三国ヶ丘町の方違(ほうたがえ)神社付近で,長尾街道(堺の大小路から,二上山北側の穴虫峠を越え,奈良県北葛城郡当麻町の長尾に至る街道)と合流する。また,竹内街道は当麻町の長尾神社付近で,長尾街道と合流するとともに,大和盆地を東西に走る直線古道,横大路に接続する。…
…【高橋 誠一】 二上山北側の穴虫峠と南側の竹内峠を越える道は,古来,大和と河内を結ぶ重要な道であった。前者が大坂道(近世には長尾街道),後者が当麻道(竹内(たけのうち)街道)である。古代においては,とりわけ大坂道が重視された。…
※「長尾街道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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