長柄山村(読み)ながらやまむら

日本歴史地名大系 「長柄山村」の解説

長柄山村
ながらやまむら

[現在地名]長柄町長柄山

現町域の北西部に位置する。北部の追分おいわけ伊南房州通いなんぼうしゆうどおり往還大多喜おおたき往還が分岐する。地内の胎蔵たいぞう(現眼蔵寺、臨済宗妙心寺派)は平安期の創建を伝え、寺蔵の弘長四年(一二六四)梵鐘銘に市西しさい郡長柄山胎蔵寺とあり、市原郡域と認識されていたことがうかがえる。寛永一〇年(一六三三)の建長寺末寺帳に流山、寛文五年(一六六五)の寺領朱印状(寛文朱印留)山辺やまべ郡流山郷とある。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高二一九石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む