千葉県北西部にある市。江戸川に臨む下総(しもうさ)台地上に位置する。1951年(昭和26)流山町と八木(やぎ)、新川の2村が合併して江戸川町となり、翌年流山町に改称、1967年市制施行。JR武蔵野(むさしの)線、流鉄流山線(りゅうてつながれやません)、東武鉄道野田線、つくばエクスプレスが通じる。国道6号、常磐(じょうばん)自動車道が走り、流山インターチェンジがある。中世、相馬(そうま)氏は本家千葉氏にこの地を与えられたが、江戸時代には幕府直轄地となり、台地上の小金牧(こがねのまき)で馬の放牧が行われた。江戸川沿岸は近世中期以後河港として発達し、1890年(明治23)完成した江戸川と利根(とね)川を結ぶ利根運河は1896年の鉄道開通によってさびれたが、運河水辺公園として整備された。良質の米を産し、早くからみりんの醸造業がおこり、今日に伝えられている。ネギ、ホウレンソウなどの近郊野菜生産も盛んで、また、工業化、都市化が進展して人口が急増している。新選組局長近藤勇(いさみ)陣屋跡があり、江戸川堤は格好のサイクリングコース。面積35.32平方キロメートル、人口19万9849(2020)。
[山村順次]
『『流山市史』全3巻(1982・流山市)』
千葉県北西部,江戸川沿岸の市。1967年市制。人口16万3984(2010)。渡良瀬川の洪水で上州赤城山の一部が流れついたという地名伝説が残り,台地の微高地に赤城神社がある。中心街は江戸時代中期以降江戸川と利根運河の水運で栄えた河港である。利根運河は利根川と江戸川を結ぶ運河で,1887年に起工し,90年に完成した。川蒸気船で東京~銚子間を1日行程に短縮し,年間約7万隻の船が通った。明治のはじめには葛飾(かつしか)県庁や印旛(いんば)県庁がおかれたが,JR常磐線からはずれ,水運の衰えもあって都市としての発達はおくれた。その後,東武野田線,総武流山電鉄が開通し,1973年にはJR武蔵野線南流山駅が開設され,92年には常磐自動車道流山インターチェンジも開設されて,住宅都市化がすすんだ。2005年には首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線も開業した。江戸川堤防上の旧商店街に代わって内陸に新たに中心商店街ができた。18世紀半ばからみりんの産地として名高い。
執筆者:菊地 利夫
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