長法寺跡(読み)ちようほうじあと

日本歴史地名大系 「長法寺跡」の解説

長法寺跡
ちようほうじあと

[現在地名]高島町鵜川

鵜川うかわから勝野かつのに通じる山越えの旧道沿いの奥深い山中にあり、一帯は長法寺谷とよばれる。比叡山三千坊の一院、かつ高島七ヵ寺の一つで、七ヵ寺のなかでも最有力の天台系寺院であったといわれる。嘉祥二年(八四九)創建といい、元亀二年(一五七一)織田信長による焼打ちにより廃寺となったとされる。昭和三一年(一九五六)から同三三年および同五七年の現地踏査により、本堂跡の礎石、経蔵跡、僧房跡(複数の塔頭跡)などの遺構が確認された。また本堂跡のすぐ横には鎌倉時代の石造宝塔の基礎と推定される残欠がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む