長興寺跡(読み)ちようこうじあと

日本歴史地名大系 「長興寺跡」の解説

長興寺跡
ちようこうじあと

[現在地名]宇多津町 宇多津町

大門だいもん辺りに所在したと伝える禅宗寺院。山号は万年山。「梅松論」によれば、讃岐守護細川顕氏が父頼貞(法名長興寺義阿)菩提を弔うために、天下静謐ののち当寺を建立したという。「讃岐国名勝図会」は寺地を長興井の近辺としている。また同井の南の谷筋に義阿の墓と伝える三つ岩がある。応永元年(一三九四)頃成立の小豆島肥土庄別宮八幡宮縁起に、長興寺造営料所として草加部くさかべ(現小豆郡内海町)領家職三分の二が与えられたことがみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む