長興寺跡
ちようこうじあと
大門辺りに所在したと伝える禅宗寺院。山号は万年山。「梅松論」によれば、讃岐守護細川顕氏が父頼貞(法名長興寺義阿)の菩提を弔うために、天下静謐ののち当寺を建立したという。「讃岐国名勝図会」は寺地を長興井の近辺としている。また同井の南の谷筋に義阿の墓と伝える三つ岩がある。応永元年(一三九四)頃成立の小豆島肥土庄別宮八幡宮縁起に、長興寺造営料所として草加部庄(現小豆郡内海町)領家職三分の二が与えられたことがみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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