長谷川次郎兵衛(読み)はせがわ・じろべえ

朝日日本歴史人物事典 「長谷川次郎兵衛」の解説

長谷川次郎兵衛(3代)

没年:元文5(1740)
生年正保2(1645)
江戸中期木綿問屋。法名は宗印居士。江戸店持伊勢商人ひとり屋号丹波屋松坂(三重県松阪市)に育つが幼くして父を失い,母方の実家長谷川市左衛門家(松坂商人)の江戸店に勤め支配人格となる。延宝3(1675)年に独立し,自分名義の木綿仲買店を始めた。貞享年間(1684~88)に江戸店は木綿問屋の地位を得ているが,宗印自身はこのころ松坂の本家に戻り,以後,本家から江戸店の統括を行うようになった。宗印在世中,分店,分家店が出店され,また中心の次郎兵衛店でも店元金が増大し,経営の拡大がうかがわれる。江戸の代表的な木綿問屋として発展する長谷川家の地歩は,すでにこの時期に確立したといえよう。<参考文献>北島正元『江戸商業と伊勢店』

(谷本雅之)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「長谷川次郎兵衛」の解説

長谷川次郎兵衛(3代) はせがわ-じろべえ

1645-1740 江戸時代前期-中期の商人。
正保(しょうほ)2年生まれ。伊勢(いせ)(三重県)松坂でそだつ。母方の長谷川市左衛門家の江戸支店につとめ,支配人格となる。延宝3年(1675)独立し,木綿問屋をひらいた。江戸で活躍した伊勢商人のひとり。元文5年死去。96歳。屋号は丹波屋。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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