日本民謡の分類上、祝い唄(うた)のなかの一種目。婚礼などの祝い座敷で歌われる唄で、それがまた曲目分類上の一種目にもなっている。その源流は不明であるが、「新発田(しばた)五万石枯らそとままよ」あたりの歌詞から「新発田」とよばれ、また「松坂越えて坂越えて」から「松坂」ともよばれ、現在の新潟県新発田市を中心に江戸時代中期以降に流行をみたようである。ところがその後「新潟松坂習いたかござれ」の歌詞が生まれると、歌い出しの文句をとって『新潟節』、それがなまって『にかた節』ともよばれるようになった。この「松坂」、別名「にかた節」は越後瞽女(えちごごぜ)や座頭によって諸国に持ち回られると、本来は流行(はやり)唄だったものが、いつか座敷での祝い唄となっていった。おそらく祝い座敷の流行唄が定着して祝い唄に昇格してしまったのであろう。なお青森県に残る『けんりょう節』は、座頭の最高位の検校(けんぎょう)が伝えてくれた唄ということで『検校節』と命名したのがなまったものである。
[竹内 勉]
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...