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伊勢商人 いせしょうにん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

伊勢商人
いせしょうにん

江戸時代に江戸,大坂で活躍した伊勢出身の商人。特に江戸には多く,伊勢屋の名をもって知られた。伊勢は古来神宮があったことから商業が盛んで,そのうえ商人たちも商才にたけていた。戦国時代後北条氏 (→北条氏 ) の城下町となった小田原に伊勢商人が多数出店しており,徳川氏が江戸に入ってからは江戸に店を移した。江戸において発展した伊勢商人は,三井家が代表的である。伊勢商人は同時期の近江商人行商などから始ったのに対し,幕府や諸藩の御用商人として活躍していることが特色である。

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デジタル大辞泉の解説

いせ‐しょうにん〔‐シヤウニン〕【×勢商人】

江戸時代、江戸・大坂・京都などに店を持った伊勢国、特に松坂出身の商人。伊勢屋を屋号とする者が多かった。

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百科事典マイペディアの解説

伊勢商人【いせしょうにん】

中世以来,とくに江戸時代におもに三都(江戸・大坂・京都)などで活躍した伊勢出身の商人。中世の伊勢国には伊勢神宮領から送られてくる貢物集散陸揚げを行う港津が発達,廻船業者・問屋・市座商人などが早くから活躍していた。

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世界大百科事典 第2版の解説

いせしょうにん【伊勢商人】

中世,とくに近世,近江商人とならんで江戸・大坂などで活躍した伊勢松坂等出身の商人。江戸時代〈江戸に多きものは伊勢屋,稲荷に犬の糞〉といわれるほど伊勢出身の商人が多く,その商業活動が目覚ましかったが,それは中世における伊勢商人の台頭や活躍と無関係ではなかった。中世の伊勢には東国に多数分布する伊勢大神宮領から送進される年貢物の集散や陸揚げを行う大湊など港津が発達し,また畿内と東国を結節する地理的条件に恵まれたため桑名のような自治都市の成立もみられ,多くの廻船業者,問屋が輩出した。

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大辞林 第三版の解説

いせしょうにん【伊勢商人】

江戸時代、江戸・大坂で伊勢屋の屋号をもって活躍した伊勢国(特に松坂)出身の商人。近江商人おうみしようにんと並び称せられた。三井・長谷川らはその代表。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

伊勢商人
いせしょうにん

江戸時代に、江戸、大坂、京都などの大都市で商業界に活躍した伊勢(三重県)出身の商人。伊勢は神宮の所在地であったため古来交通が開け、中世には伊勢湾の海上交通を背景に桑名(くわな)、安濃津(あのつ)(津)、大湊(おおみなと)などの港町が栄え、これらの港町の問屋、廻船(かいせん)業者のなかには、遠く東海、関東方面にまで往来する者もあった。また陸上では南近江(おうみ)(滋賀県)と北伊勢は国境を接し、八風(はっぷう)・千草(ちくさ)・鈴鹿(すずか)峠を越えて近江商人が盛んに往来していた。豊臣(とよとみ)政権の時代となり、1584年(天正12)蒲生氏郷(がもううじさと)が近江の日野(滋賀県蒲生郡日野町)から伊勢に移封され、松ヶ島(三重県松阪市内)に築城したが、4年後の88年松坂(松阪市)に居城を移し、城下町を経営した。このとき、松ヶ島の町人伊豆蔵(いずくら)、雲出蔵(くもずくら)、射和蔵(いざわくら)、鎌田蔵(かまだくら)、下蔵(しもくら)などとよばれる豪商たちを松坂に移したが、同時に日野商人の伊勢移住も許したので、伊勢商人の活動はその刺激を受けて一段と活発になった。1603年(慶長8)江戸幕府が開かれ、江戸市街の開発・建設が本格化すると、伊勢商人も地元特産の木綿、茶などを運んで江戸に進出した。松坂蔵方の一人である鈴木(伊豆蔵)や射和の富山(とみやま)(大黒屋)などは元和(げんな)年間(1615~24)ころ呉服店を開き、これに続いて松坂、津、桑名出身の商人たちも17世紀後半には江戸商業界に確固たる地位を占めるようになった。江戸では「江戸名物、伊勢屋稲荷(いなり)に犬の糞(くそ)」とか「表に懸(かか)り候のれんを見候へば、一町の内に半分は伊勢屋」(落穂集)といわれたほど伊勢商人が多かった。有力商人としては、日本橋大伝馬町(おおでんまちょう)に店を構えた川喜多(かわきた)、小津(おづ)、長谷川(はせがわ)などの木綿問屋が有名で、伊勢店(だな)といえば大伝馬町木綿問屋をさすものとされたが、そのほか三井(越後屋(えちごや))のように日本橋本町、駿河(するが)町へんに呉服店、両替店を開く者も多かった。伊勢商人は、大都市に進出後も本店は出身地に置き、各地の営業店を出店とする者が多く、その出店は男だけの世帯とする独特の店制をとっていた。[村井益男]
『北島正元編著『江戸商業と伊勢店』(1962・吉川弘文館) ▽中田易直著『三井高利』(1959・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の伊勢商人の言及

【伊勢国】より

…門前町には宇治,山田,一身田(寺内町)などがあったが,参宮客を相手に栄えた古市のような遊興の町もあった。 伊勢の商人の中には,他国へも活動を拡大する者が多く,伊勢商人と呼ばれた。江戸初期には大湊から海運業者角屋(かどや)一家,度会郡から事業家河村瑞賢が出た。…

【松阪[市]】より

…江戸時代には市域の大部分は紀州藩領となり,松坂は紀州藩勢州領の一拠点であった。その間,周辺農村で生産された木綿を商う松坂商人の活躍は目ざましく,江戸に進出した伊勢商人の中核をなしたが,その代表は呉服商越後屋を営んだ三井家である。また参宮街道,和歌山街道,初瀬街道,熊野街道の合流点に当たったため宿場町としても栄え,現在JR紀勢本線,名松線,近鉄山田線,国道23号,42号,166号線,伊勢自動車道などが通り,商圏は中・南勢から熊野方面に大きく広がっている。…

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