関中町(読み)せきなかまち

日本歴史地名大系 「関中町」の解説

関中町
せきなかまち

[現在地名]関町なか

新所しんじよ村の東に続く東海道関宿の中心地。関宿を構成する関三町せきのさんちようの一つ。「三国地志」に「天正十一年八月、旧領主安芸守関盛信其家臣岩間某ニ命シテ今ノ中町ヲ建ト云」とある。新所・木崎こざき両村の中間で、木崎村西部が中町として取立てられた。文献上の「関地蔵中町」は慶長一六年(一六一一)一〇月二〇日の亀山城主松平忠明が出した関地蔵駄賃馬之事(亀山地方郷土史)に現れる。「九九五集」には「南伊勢そのほか方々の牢人が木崎村に集り中町を建初」めたとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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