関口水道町(読み)せきぐちすいどうちよう

日本歴史地名大系 「関口水道町」の解説

関口水道町
せきぐちすいどうちよう

[現在地名]文京区関口(せきぐち)一丁目

小日向松ヶ枝(こびなたまつがえ)町・先手組屋敷の西にあり、町屋の西方、関口村地内の大洗(おおあらい)堰(関口大洗堰)で神田上水から分流する江戸川の南岸を占める。同川を隔てて北は小日向(こびなた)水道(すいどう)町・同川添(かわぞえ)屋敷、神田上水を隔てて関口駒井(せきぐちこまい)町など、西は早稲田村(現新宿区)の畑地、南は中里(なかざと)村(現同上)の畑地。古くは関口村の畑地であったが、貞享二年(一六八五)町屋を許され町並地になったといい(御府内備考)、貞享上水図(東京市史稿)には「関口村新町」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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