関政泰(読み)せき まさやす

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「関政泰」の解説

関政泰 せき-まさやす

?-1247 鎌倉時代武将
関俊平(としひら)の弟政綱の子。鎌倉幕府御家人。承久(じょうきゅう)の乱のとき朝廷側についたが敗れ,幕府軍に降伏した。のち,宝治(ほうじ)合戦では,妻の兄の三浦泰村(やすむら)にくみしたが北条時頼(ときより)に敗れ,宝治元年6月5日自害した。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む