関氏館跡(読み)せきしやかたあと

日本歴史地名大系 「関氏館跡」の解説

関氏館跡
せきしやかたあと

[現在地名]新見市新見

城(じよう)山公園(諏訪山)にある。新見藩は津山藩主森長継の六男で、長継の弟関長政家を継いだ関長治が立藩。元禄一〇年(一六九七)長治は美作にあった所領を備中阿賀(あが)・哲多(てつた)・小田(おだ)・浅口(あさくち)・後月(しつき)五郡内に移され(計一万八千石。後月郡の領地は宝永三年哲多郡に所替)、新見村を居所と定めた。同年一〇月美作から上熊谷(かみぐまたに)に移った長治は諏訪(すわ)山に館を築造、同一一年三月上棟式をあげ、一一月に引越している(「関氏略系」小松文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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