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阿倍宿奈麻呂 あべの すくなまろ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

阿倍宿奈麻呂 あべの-すくなまろ

?-720 飛鳥(あすか)-奈良時代の公卿(くぎょう)。
阿倍比羅夫(ひらふ)の子。大宝(たいほう)2年(702)持統天皇の葬儀の造大殿垣司,慶雲(きょううん)4年文武天皇の葬儀の造御竈司をつとめた。慶雲2年参議をへずに中納言となり,造平城京司長官ののち,養老2年大納言にすすむ。ときに正三位。藤原仲麻呂の算術の師でもあった。養老4年1月27日(10,24日説もある)死去。本姓は引田(ひけた)。名は少麻呂ともかく。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

阿倍宿奈麻呂

没年:養老4.1.27(720.3.10)
生年:生年不詳
7世紀から8世紀初めの官人,公卿。阿倍比羅夫の子。名は少麻呂とも記す。慶雲1(704)年,従来の引田朝臣から新たに阿倍朝臣の姓を賜る。阿倍氏の氏上になったのであろう。大宝2(702)年,持統天皇の葬儀では造大殿垣司,慶雲4年,文武天皇の葬儀では造御竃司に任じられた。和銅1(708)年中納言となり,次いで造平城京司長官に任じられ,平城京造営を統轄。同年従四位上から正四位上へ昇り,養老2(718)年大納言となった。死没時は大納言正三位。藤原仲麻呂に算術を教えた。ひんぱんに造営官司を務めたのは,算術に優れていたためであろう。

(今泉隆雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

あべのすくなまろ【阿倍宿奈麻呂】

?‐720(養老4)
奈良時代の公卿。少麻呂とも記す。阿倍比羅夫の子。初め引田宿奈麻呂と称したが,704年(慶雲1)阿倍と改姓した。翌年従四位上で中納言に任ぜられ,708年(和銅1)正四位上で造平城京司長官となった。ついで718年正三位で大納言に任ぜられ,720年1月没した。宿奈麻呂は算術に通暁し,藤原仲麻呂も彼について学んだという。阿倍氏【後藤 四郎】

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