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阿曇浜子 あずみの はまこ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

阿曇浜子 あずみの-はまこ

日本書紀」にみえる阿曇氏の統率者。
仁徳(にんとく)天皇の死後,住吉仲(すみのえのなかつ)皇子が皇太子(のちの履中天皇)に謀反をくわだてたとき,皇子方につき,淡路の海人(あま)をひきいて皇太子を追う。逆に捕らえられ,死罪を減じられ顔への入れ墨の刑に処された。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の阿曇浜子の言及

【阿曇氏】より

…阿曇氏は早くより海人を支配しており,《日本書紀》に,応神天皇のとき,阿曇連(むらじ)の祖大浜宿禰(すくね)を遣わして諸所の海人の騒ぎを鎮めさせ,宿禰を〈海人之宰(海人の統率者)〉としたとあるのも,これまでの阿曇氏の立場が公認されたことを示すものであろう。履中天皇のとき,阿曇浜子が住吉仲皇子(すみのえのなかつのみこ)の反に加担して黥刑(げいけい)に処されたので入墨を阿曇目と称したという。以後しばらく顕著な活動を見なかったが,推古朝以後再び活動し始め,とくに阿曇比羅夫は半島問題に関係し,後に天智朝初年の百済救援の役には大将軍として水軍を率いて参加した。…

※「阿曇浜子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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