阿部正邦(読み)あべ まさくに

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「阿部正邦」の解説

阿部正邦 あべ-まさくに

1658-1715 江戸時代前期-中期大名
明暦4年4月19日生まれ。阿部定高(さだたか)の子。父の遺領を叔父阿部正春から返還され,寛文11年武蔵(むさし)岩槻(いわつき)藩(埼玉県)藩主阿部家5代となる。のち丹後(京都府)宮津藩主,下野(しもつけ)宇都宮藩主をへて,宝永7年備後(びんご)(広島県)福山藩主阿部家初代。10万石。正徳(しょうとく)5年1月27日死去。58歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「阿部正邦」の解説

阿部正邦 (あべまさくに)

生年月日:1658年4月19日
江戸時代前期;中期の大名
1715年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の阿部正邦の言及

【備後国】より

…また残る10万石には,1700年に出羽国山形から松平忠雅が入封し,福山藩を継承した。忠雅は10年後の1710年(宝永7)伊勢国桑名に転じ,あとに下野国宇都宮から阿部正邦が入封した。阿部氏は正福(まさよし)が大坂城代に就任したのをきっかけに幕府要職に復帰し,正右(まさすけ),正倫(まさとも),正精(まさきよ),正寧(まさやす),正弘と代々が寺社奉行,奏者番,老中などを歴任した。…

※「阿部正邦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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