岩槻(読み)イワツキ

大辞林 第三版の解説

いわつき【岩槻】

さいたま市東部にある区。近世、日光御成街道の宿場町・市場町から発達。伝統工業の岩槻人形の製造で知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

岩槻
いわつき

埼玉県東部にあった旧市名(岩槻市)。現在のさいたま市北東部(岩槻区)にあたる。1954年(昭和29)岩槻町と柏崎(かしわざき)、和土(わど)、慈恩寺(じおんじ)、川通(かわどおり)、河合(かわい)、新和(にいわ)の6村が合併、市制施行。2005年(平成17)さいたま市へ編入され、岩槻区となった。旧市名は中世の岩付(槻)城による。旧市域は大宮台地東縁の岩槻、慈恩寺両台地、および元(もと)荒川、綾瀬(あやせ)川低地に広がる。東武鉄道野田線、国道16号、122号、463号が通り、東北自動車道の岩槻インターチェンジがある。岩槻城は太田道灌(どうかん)の築城になるもので、江戸時代は徳川譜代(ふだい)大名(1756年以降大岡氏)岩槻藩の城下町として、また日光御成(おなり)街道の宿場町や、1と6の日に市(いち)が立つ市場町として栄えた。有名な岩槻人形は、江戸時代からの伝統をもつもので、国の伝統的工芸品に指定されている。関東を中心として全国的販路をもち、一部は海外へも輸出されている。そのほか、キリ材利用のたんす、羽子板(はごいた)製造などの伝統工業がある。交通の要地であるため、最近、住宅団地や各種工場の進出が著しい。真福寺貝塚(しんぷくじ)は国史跡に、岩槻公園内にある岩槻城跡や、藩校遷喬館(せんきょうかん)は県史跡に指定され、また時の鐘、古寺竜門(りゅうもん)寺、慈恩寺、弥勒(みろく)寺などもある。[中山正民]
『島田午蔵著『岩槻誌』(1979・大和学芸図書) ▽『岩槻市史』全19冊(1980~1985・岩槻市)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

いわつき いはつき【岩槻】

[1] さいたま市の行政区の一つ。旧市名。太田道灌の築城の地で、その城下町として発展。江戸時代は日光御成街道の宿駅・市場町。特産物にひな人形がある。昭和二九年(一九五四)市制。平成一七年(二〇〇五)さいたま市に編入され、区となる。
[2] (一)で産する「岩槻木綿(いわつきもめん)」などの略。
※雑俳・川柳評万句合‐安永四(1775)義四「いわつきをひろげて二十四文とり」

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