朝日日本歴史人物事典 「隆弁」の解説
隆弁
生年:承元2(1208)
鎌倉中期の寺門(園城寺)派僧。歌人。はじめ光覚。大納言法印と称する。如意寺・聖福寺僧正。父は四条隆房,母は藤原光雅の娘。鎌倉に下向し,宝治合戦(1247)の祈祷の賞で鶴岡八幡宮別当に補任された。北条時頼の帰依を受け,園城寺を興隆させる。時宗出産の祈祷の賞で能登国(石川県)諸橋保を与えられ,如意寺に寄進した。時宗・宗政の幼名による聖福寺を開く。のち再度,園城寺長吏を勤める。鎌倉の長福寺で死去した。遺骨は如意峯西方院に納められた。北条得宗と強く結び「鎌倉の政僧」と評される。<参考文献>『隆弁法印西上記』
(湯山学)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報