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隆弁 りゅうべん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

隆弁 りゅうべん

1208-1283 鎌倉時代の僧。
承元(じょうげん)2年生まれ。四条隆房の子。天台宗。近江(おうみ)(滋賀県)園城(おんじょう)寺の円意に灌頂(かんじょう)をうける。宝治(ほうじ)元年鎌倉の鶴岡八幡宮別当となり,没するまで在任した。この間園城寺長吏をかねる。弘安(こうあん)6年8月15日死去。76歳。通称は大納言法印,如意寺殿,聖福寺殿。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

隆弁

没年:弘安6.8.15(1283.9.7)
生年:承元2(1208)
鎌倉中期の寺門(園城寺)派僧。歌人。はじめ光覚。大納言法印と称する。如意寺・聖福寺僧正。父は四条隆房,母は藤原光雅の娘。鎌倉に下向し,宝治合戦(1247)の祈祷の賞で鶴岡八幡宮別当に補任された。北条時頼の帰依を受け,園城寺を興隆させる。時宗出産の祈祷の賞で能登国(石川県)諸橋保を与えられ,如意寺に寄進した。時宗・宗政の幼名による聖福寺を開く。のち再度,園城寺長吏を勤める。鎌倉の長福寺で死去した。遺骨は如意峯西方院に納められた。北条得宗と強く結び「鎌倉の政僧」と評される。<参考文献>『隆弁法印西上記』

(湯山学)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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