難波庄(読み)なにわのしよう

日本歴史地名大系 「難波庄」の解説

難波庄
なにわのしよう

浪速区の北部、江戸時代の難波なんば村辺りにあった庄園。平安末期のものとみられる成勝寺年中相折帳(書陵部所蔵祈雨法裏文書)によると、当庄は仁平四年(一一五四)六月三日に阿闍梨教智の寄進によって成勝じようしよう(跡地は現京都市左京区)領となり、年貢二〇石を納入している。その後永らく関係史料がみいだせないが、延元二年(一三三七)八月五日、後醍醐天皇は勲功の賞として渡辺照に当庄の地頭職を宛行っている(「後醍醐天皇綸旨」渡辺惣官家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ローマ法王ともいう。ラテン語 Papaの称号はカトリック教会首長としてのローマ司教 (教皇) 以外の司教らにも適用されていたが,1073年以後教皇専用となった。使徒ペテロの後継者としてキリスト自身の定...

教皇の用語解説を読む