改訂新版 世界大百科事典 「惣官」の意味・わかりやすい解説
惣官 (そうかん)
中世,職掌・芸能によって権門に奉仕した人的集団の統轄者。731年(天平3)藤原武智麻呂の政権は口分田の再配分を強行し,民衆の不満を抑えるため畿内に惣官,諸道に鎮撫使を置いたが,この惣官は軍事的な権限を持つ臨時の官であった。1181年(養和1)源頼朝による東国政権の成立に対抗し,軍事体制の強化をはかる平氏政権は,平宗盛を五畿内,伊賀,伊勢,近江,丹波などの諸国の惣官とした。ここには天平の惣官の先蹤にならう意識もあったであろうが,むしろこれは,すでに成立していた供御人(くごにん),神人(じにん)の惣官に準じ,在庁をはじめ国中の武士の軍事的統轄者として補任された職で,のちの守護の先駆とみることができる。この平氏の惣官が,鎌倉時代の大隅国惣官大蔵氏,和泉国惣官中原氏,紀伊国惣官坂上氏のような,おもに西国にみられる国衙在庁の惣官と関係あることはまちがいないが,その先後は確定しがたい。鎌倉期の惣官は在庁中の最有力者ではあるが,軍事的な職ではなく,職人といわれた公文・田所などの在庁を統轄し,大田文作成など文書調進に携わる職となっている。
一方,平安末期には1108年(天仁1)の河内国大江御厨惣官職を早い例として,摂津国大江御厨渡部惣官,宇治網代の真木島惣官,蔵人所灯炉供御人の惣官,山城国精進御薗供御人惣官など,供御人,供祭人の惣官が現れる。これらのうち,精進御薗の惣官は女嬬(によじゆ)(下級の女官)がなっているが,多くは官位を持ち,渡部氏,真木島氏のように流通にかかわりをもつ武士であった。また《中右記》天永3年(1112)4月18日条に日吉神人の惣官として神主が現れるように,伊勢,春日,石清水,住吉,宗像などの諸社においても神官,神人を統轄する神主は惣官といわれている。惣官の職名は室町時代になるとあまり見られなくなるが,戦国時代にも〈禁裏御大工惣官職〉,大宰府鋳物師の〈九州惣官大工〉など,一部の手工業者の統轄者の職名として用いられ,江戸時代に至っている。
執筆者:網野 善彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報