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難波抱節 なんば・ほうせつ

朝日日本歴史人物事典の解説

難波抱節

没年:安政6.8.22(1859.9.18)
生年:寛政3(1791)
江戸後期の漢蘭折衷医。名は 立愿,諱は経恭,号は抱節。岡山の篠野貞文の次男。備前藩(岡山市)家老日置氏の侍医難波経寛の養子となる。賀川蘭斎に産科を,吉益南涯に内科を学び,次いで華岡青洲に外科を学んで帰り,侍医の傍ら備前藩金川村(御津町金川)で開業。曼陀羅華を主剤とする麻酔薬を用い乳癌,脱疽などを手術した。また学塾思誠堂を開いた。嘉永3(1850)年緒方洪庵から牛痘苗を譲り受け,金川地方で3千余人に接種。安政6(1859)年流行したコレラの治療中に自らも感染し死去した。著書には未刊の大著『胎産新書』,『散花新書』(1850)のほか多数の未刊の著書(労働科学研究所蔵)がある。<参考文献>森紀久男『名医難波抱節』,中山沃『岡山の医学』

(中山沃)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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