雨宝院(読み)うほういん

日本歴史地名大系 「雨宝院」の解説

雨宝院
うほういん

[現在地名]上京区聖天町

北向山と号し、高野山真言宗。もと真言宗新義派京都智積ちしやく院に属した。本尊は大聖歓喜天で、西陣にしじん聖天ともよばれる。寺伝は、弘仁一二年(八二一)嵯峨天皇の病気平癒に空海が六臂歓喜天を刻して祈祷したことに始まるという。当初は千本五辻せんぼんいつつじ(現上京区)にあった大聖歓喜だいしようかんき寺の一坊で、のち臨済宗千光寺派に属した(続翠稿)。応仁元年(一四六七)兵火で荒廃し、天正年間(一五七三―九二)現在地に移り、もとの真言宗に戻った。享保一五年(一七三〇)六月二〇日の西陣焼けで類焼したが、「西陣天狗筆記」は「(ママ)喜寺聖天像・弘法大師像とも焼失之様ニ承候。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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