雨竜村(読み)うりゆうむら

日本歴史地名大系 「雨竜村」の解説

雨竜村
うりゆうむら

[現在地名]雨竜郡雨竜町字フシコウリウ・字満寿(まんじゆ)・字伏古(ふしこ)・字中島(なかじま)・字洲本(すもと)・字面白内(おもしろない)・字渭之津(いのつ)・字恵岱別(えたいべつ)・字オシラリカ・字尾白利加(おしらりか)・字尾白利加原野(おしらりかげんや)・字カミオシラリカ原野(げんや)・字桂の沢(かつらのさわ)・字国領(こくりよう)・字鴨居沢(かもいさわ)、北竜(ほくりゆう)町字美葉牛(びばうし)など、沼田(ぬまた)町字旭町(あさひまち)など、幌加内(ほろかない)町字清月(せいげつ)など

明治二五年(一八九二)から昭和三六年(一九六一)まで存続した雨竜郡の村。「丁巳日誌」(再石狩日誌)に「フシコウリウ」「ウリウブト」などの地名がみえる。明治二五年二月に雨竜村が設置され、新十津川(しんとつかわ)村戸長役場の管轄下にあった。同三〇年七月雨竜村戸長役場を開設。同年の世帯数九五〇・人口三千一〇〇であった(道戸口表)。成立当初の村域は現在の北竜町・沼田町・幌加内町の各町域に及んでいた。同三二年北竜村を分村した。同年末の戸数三九五・人口二千三。徳島県人が最も多く、次いで香川・愛媛・富山および長野の各県人であった(状況報文)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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